何をいまさらってな話だけれども、ときどき思うのだ。
ちょっとは人生に慣れてきてるじゃないかと。
何か問題を解決しようとするときには、時間の経過を計算にいれるとか、それは自分の頭の中だけで起きていることじゃないかと自分をいさめるとか、他人に期待しないとか、報われるなんてそもそも考えないとか、そういったすでに習慣づいてる多くの行動パターンがある。
それらが誰にとっても有効なものだとは限らないけれども、個人的な性質も掛け合わせたときに、もっとも有効と思われるもの、実績のあるものが手持ちとして残っている。つまり、なるべくしてこういう考え方になっている。
一言ではパーソナリティということなんだろうけれども、そんな特徴を意識したりしなかったりしながら生きている。いくつかの行動傾向のパターンが連動したり、あるときはいずれかが発動しなかったりするような、そんなテキトーさでもって日々を生きている。
全体として体系化はしていないが、部分的には体系化されているものもある。ときにはこういうことを言語化したり、見直したり、誰かに伝えたりしたほうがいいのだろうなあと思う。
やっぱり、ちょっとずつ人生に慣れてきているのだろう。
慣れてきて、全体最適で考えるようになって、まわりもそういう人が増えてきて、というような人生のフェーズにいるわけだけれども、全体最適の「全体」をどの範囲に設定するのかという考え方の違いが、人と人のコミュニケーションにおいてとても地味に、でも決定的に影響しているのだろうなあ、とかなんとか考えながら、今日もまたごくちょっとずつ人生に慣れていくのだよね。